すべてを抱え込み、壊れかけた日(塩谷歩波さん)

2021年6月15日

誰しも、“うまくいかなかった”経験があるはず。
そんな日の記憶を辿り、いま思うことを、さまざまな筆者が綴ります。

第6回目は、設計事務所や高円寺の銭湯「小杉湯」を経て、2021年6月から「絵描き」として活動することを発表した塩谷歩波さんの寄稿です。

塩谷歩波
えんやほなみ 設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯を経て、絵描きとして活動。建築図法”アイソメトリック”と透明水彩で銭湯を表現した「銭湯図解」シリーズをSNSで発表、それをまとめた書籍を中央公論新社より発刊。
レストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯にとどまらず幅広い建物の図解を制作。TBS「情熱大陸」、NHK「人生デザイン U-29」数多くのメディアに取り上げられている。エッセイ「40℃のぬるま湯につかって」を連載中。
好きな水風呂の温度は16度。


 

 幼いころから、自信を持つことができなかった。

 勉強もスポーツも、どれだけ努力をしても思うような結果が出せず、クラスの雰囲気にも馴染めないこともあって、何をやっても常に不安を感じていた。
 大学の建築学科でも状況は変わらず、むしろ課題の出来で評価される厳しい環境の中で、さらに自信をなくしていった。教授からは課題を頭ごなしに否定されて「建築の才能がない」と言われたこともある。反発して成長できればよかったのだが、反発するだけのエネルギーが私にはなくて、ただただ落ち込んだ。

 自己肯定感の低さは銭湯に転職してからも変わらず、その思いが、あの時の失敗を招いたのだと思う。

───

 2018年6月22日。小杉湯で「夏至祭 – Midsummer Festival -」を開催した。2018年初旬にフィンランドへ旅行した際に現地の公衆サウナを体験し、その空気感や文化的な背景が日本の銭湯にそっくりなことに衝撃を受けて、夏至の時期に合わせてフィンランドの文化を小杉湯で紹介できないかと考えたのだ。ちょうどその時期に銭湯文化の再興を試みるオンラインサロンを小杉湯三代目と立ち上げていたため、私ひとりの力では難しいが、そのメンバーと一緒ならやり遂げられると思い、私が代表する形でイベントを立ち上げた。

 どうせやるなら開催は3日間、フィンランドっぽいお風呂を作るだけでなく、浴室にも何か装飾をしたい。それとトークイベントもやりたいし、小杉湯の隣が空き地になっているので、そこでサウナグッズを作る人を集めて、本当のお祭りみたいにしよう!フィンランドで体験した感動、サウナと銭湯への愛情、さらにイベントを立ち上げる高揚感も合わせて、やりたいことはどんどん膨れ上がった。

当時のイベント画像

 幸いなことに、話が膨らむにつれてプロジェクトに協力してくれる人もどんどん増え、気付くと夏至祭は一大プロジェクトに成長していった。その状況を前にして、純粋に嬉しく思う反面、心の奥がひやりとする感覚があった。

「こんなに大きなプロジェクトを、私がまとめられるのだろうか……」

 もし、やりとりにミスがあったら。もし、足りないものがあったら。もし、当日事故が起きたら。想像するだけで冷や汗をかいて倒れそうになる。私が言い出したのだから、私が弱気でどうする。自分の頬を叩いて気合を入れ直し、一層プロジェクトに打ち込んだ。

 プロジェクトは日に日に大きくなった。関係者が増えるごとに連絡の頻度も増え、ロック画面には常に通知が並んだ。極力、返事はすぐ返すようにしていた。私の返事が遅いことで、何かのミスが生むような気がして恐ろしかったからだ。
 お風呂に入っていても、ご飯を食べていても、常にスマホが気になって、寝る直前までスマホから片時も離れられなかった。加えて、当日までのやることにミスがないか心配でしかたなくて、工程表を見て取りこぼしがないかを何度も確認した。目が覚めてから眠るまで、一分一秒隙間なく、ずっと夏至祭がうまくいくことだけを考えていた。

 そんな日々を過ごしていくうちに、何だか喉の奥が押しつけられるような感覚になった。
 風邪をひいているわけでもないのに、何だかずっと息苦しい。朝から晩まで気を張り詰めているのだから仕方がない。不調に目を瞑って、打ち合わせに向かう。その日は今後のプロジェクトの進め方を話し合う予定だった。
 入念に準備していたスライドを流しながら、プロジェクトへの想いや考えていることを滔々と語った。プロジェクトメンバーは、私のことをじっとみつめている。見られていると思うと喉がさらに苦しくなってきて、話している感覚がどんどん鈍くなった。話している自分と本当の自分が離れている気がした。しっかり準備してきたはずの発表内容が、口の中を滑るだけの軽いもののように感じる。

 あれ、何で私こんなことしているんだろう……。
 そう思った時、目から涙がぽろりと溢れていた。慌てて適当な言葉でごまかして発表を終わらせ、メンバー同士のディスカッションへと繋げて一旦席を外した。喉が熱くて、次から次へと涙が溢れてくる。だめだ、早く元に戻らないと……。顔をぐしゃぐしゃに拭っていると、メンバーの一人がいつの間にか隣にいて、こう言った。

「塩谷ちゃん、ひとりで抱え込まなくていいんだよ。何でもひとりでやろうとしないで……!」

 その言葉に、ハッとさせられた。プロジェクトメンバーと一緒ならやり遂げると思って始めたのに、どうしていつの間にかひとりで全部進めていたのだろう。私は、ひとりでは到底抱えきれないものをやろうとして壊れる寸前まできてしまったのだ。その言葉を聞いて、やっと気がつくことができた。

 その後、私はプロジェクトメンバーに心の内をすべて伝えた。メンバーみんなで今後について話し合い、チームで分担してプロジェクトを進めていくことにした。全体を統括して連絡をする役割はほかのメンバーに託すことになったが、今まで自分が進めていたこともあって気がかりで「全体を統括するのは、さすがに私がやった方がいいんじゃない?申し訳なさすぎるよ……」と伝えると、そのメンバーは「私、こういうの好きだからやりたいんだんだよ!」と笑顔で答えてくれた。その姿に心から感謝すると同時に、私が苦しくてたまらなかったことを「好き」と言えるその人が、とても眩しく感じられた。

───

 打ち合わせの後、私はイラストの制作や装飾などの美術部門を担当し、夏至祭は大盛況のうちに幕を閉じることができた。

 あの時、どうしてすべてをやってしまおうと思っていたのだろう。それは幼いころからの自信のなさが理由だと思う。人の倍努力しないと人並みにできない自分なんかが、人に仕事を分けてはいけない。そんなの、迷惑でしかない。自信のなさ、自己肯定感の低さが卑屈さを生んで、人に頼ることをできなくさせていたのだ。

 今思うと、すべてを抱え込んでしまったあの時の方がよっぽど“迷惑”だったと思う。すべてをひとりでやることで、関わりたいと思っている人のやりたい仕事を奪ってしまっていたのだから。仕事を渡すことが迷惑だなんて、私の思い込みでしかなかったのだ。

 夏至祭の教訓を経て、ひとりで仕事を抱え込むことはやめた。自分が苦手なことは得意な人に頼って、自分は好きなことを進めている。自分の好きなことしかしていないからワガママに見えるかもしれないが、私が好きなことは誰かにとって苦手なことだってあるのだ。好きな仕事を好きにやれる環境を作ることが、仕事に関わる人すべてにとって健全な状態だと思っている。

(写真・イラスト/筆者提供)

塩谷歩波さん SNSアカウント・ホームページ
 Twitter:https://twitter.com/enyahonami?
 Instagram:https://www.instagram.com/enyahonami/?hl=ja
 HP:https://enyahonami.tumblr.com/

本連載は、さまざまな筆者の「うまくいかなかった日」に関するエッセイを交代でお届けします。
 第1回目:大平一枝さん「やる気だけでは乗り越えられないと知った日」
 第2回目:あかしゆかさん「『わかりやすさ』に負けないと決めた夜」
 第3回目:小島由香さん「中学でハブ、オフィス解散。孤立から学んだチームとのアイコンタクト」
 第4回目:西村宏堂さん「『怒りの波紋』に飲み込まれないために」
 第5回目:平林景さん「夢を諦めたあの日から、再び夢を語れるまで ─「ちゃんとやらなきゃ」からの解放」

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