プライドが打ち砕かれた、あの日の打ち合わせ(山崎あおいさん)

2021年9月7日

誰しも、“うまくいかなかった”経験があるはず。
そんな日の記憶を辿り、いま思うことを、さまざまな筆者が綴ります。

第9回目は、シンガーソングライターであり、作詞・作曲家としても活躍する、山崎あおいさんの寄稿です。

山崎あおい
シンガーソングライター 作詞・作曲家
札幌出身。2012 年8 月メジャーデビュー。
透明感のあるピュアな歌声と、リアリティをもったセンチメンタルな歌詞が同世代をはじめ、幅広い層の男女に支持を受けている。また近年は、Juice=Juice・アンジュルム・ジャニーズWESTなど、多くのアーティストに楽曲を提供する作詞家・作曲家としても活躍している。


 「うまくいかなかった日のことを教えてください」と、この原稿の依頼をいただいたとき、頭のなかにはいくつもの出来事や失敗談が過ぎった。
 人気ラジオ番組に初めて出演するその日に、マネージャーが押したインターホンの音で目が覚めたこと。デモ音源を取り違えて、編曲家に丸々1曲分の無駄な仕事をさせてしまったこと。

 私はシンガーソングライターとして、2012年、大学1年生の時にメジャーデビューを果たした。まだ18歳で、社会人デビューだったから、と言ってしまうと「甘い」と言われそうだが、当時の私は学生気分を抜け出せず(実際学生だったのだが)、とんでもないミスを繰り返しては周囲の大人たちに叱られていた。

 そんな調子だったからか、その4年後、2016年ごろにはメジャーレーベルとの契約が満了になり、事務所も離れることになる。
 22歳にして、良く言えば「独立」、悪く言えば「失業」だ。

 夢破れて落ち込んでいたかというとそうでもなく、かねてから温めていた「もう一つの夢」を叶えるべく、すぐに動き出した。現在の仕事の中心にもなっている「職業音楽作家」になるという夢だ。

 ツテで紹介してもらった音楽作家事務所に所属し、コンペに参加しては玉砕して、を何ヶ月か繰り返すなか、大きなチャンスはすぐにやってきた。

 「〇〇さんの歌詞、書いてみますか?」

 ある日のスタジオ作業中、マネージャーから、電話でそう聞かれた。
 「〇〇さん」はいわゆる大物アーティスト。私のような新人作家が歌詞を提供できるなんて、そうそうあることではない。心の内で震えながらも、このチャンスをふいにするものかと力強く返事をした。

 「絶対に!やりたいです!」

・・・

 数週間後、書き上げた歌詞を持って、アーティスト本人も参加する打ち合わせへと向かった。

 歌詞を書く、という作業自体は大学1年生から、いやアマチュア時代も含めると中学1年生からやっていることだ。なにも難しいことではない。卑屈な性格ゆえ「自分には才能がある」と自惚れることはなかったが、「あなたには才能がない」と一蹴される想像もしたことがなかった。今思うと、それは十分に自惚れだったのだと思う。

 アーティスト本人やプロデューサー、作曲家、スタッフが机を囲んで輪になり、歌詞が印刷されたA4の紙を手に取り眺める。しばらく緊張感のある沈黙が続いたあと、最初に口を開いたのはプロデューサーだった。

 「若いな」
 「若いですね」
 「まあ、まだ20代だからなあ」

 一人が感想を口にすると、ほっとしたように、それに皆が続いた。そのなかに、ひとつとして好感触な感想はなかった。

 「……若いですか。」
 「うん、若い。初めて彼女ができて浮かれてる感じ。」
 「はあ……」

 ひとまずその日は歌詞を持ち帰り、後日また修正版を持ち込むことになった。大きな仕事で一発OKもらい才能を認めてもらえる、なんて最高のルートは消えてしまったけれど、まだ大丈夫。フィードバックももらえたし、今度はそれを目掛けて書き直していけば良いんだから。

 「若いな」とはどういう意味なのか、家に帰ってからしばらく考え込んだ。
確かに20代中盤という年齢は、職業作家としては若いのかもしれない。しかし人生経験が皆無かと言われればそうではないし、それなりに人生の酸いも甘いも知ってきたつもりだ。

 思い返してみれば、シンガーソングライターとして発表してきた楽曲には、等身大以上、または以下の表現を求められることはなかった。
楽曲の良し悪し自体はスタッフのなか、会社のなか、ファンのなかで、そして世間から評価を下されてはきたが、基本的には私が「恋は退屈」と思えば「恋は退屈」と歌うのが正解だった。

 職業作家はそうではない。
 言葉に込めるのは、私の個人的な物語であってはいけない。私は、『自分が正解』であることが前提にある世界しか知らず、そのありのままの世界を、生まれも育ちも何もかもが違う、いわば「別人」のシンガーに、押し付けていたのかもしれない。

 
 さらに数週間後。私は、考え抜いた修正済の歌詞を持参し、満を持して同じ打ち合わせに乗り込んだ。シンガーソングライター時代の歌詞の書き方の一切を捨て、等身大の自分自身でなく、曲の主人公になり切って言葉を選んだ。私の想いではないから熱はこもっていないけれど、職業作家の仕事というのはそういうものなのだろう。と、私は半分悟ったような気持ちになりながらその歌詞を書き上げたのだった。
 そんな的外れでどこか投げやりな私の解釈を、先輩方はやすやすと見抜いた。前回の打ち合わせと同様、プロデューサーが沈黙を破る。

 「書いてみてどうだった?」
 私はそう訊かれて、突然、さっきまでの悟りのようなものが、全て間違っていたことに気づいた。
 「……わからなくなってしまいました」
 「そうだよね」

 続いてその場にいたアーティスト本人も、重い口ぶりで話してくれた。

 「修正する、ってなると途端に他人事みたいなテンションの歌詞になってしまうよね。そのままじゃ、作詞家としてやっていくのは厳しいよ。」

 図星を突かれ、私は急に恥ずかしくなった。自分が突然、ものすごく小さな存在になったように思えた。目を合わせることもできず、はあ、そうですよね、頑張ります、と力なく返事をすることしかできなかった。それまではどんな挫折の場面でも、この先の可能性までをも直接否定されたことはなかった。

 「うちのレーベルでは売れなかったけど、音楽は続けていればチャンスはあるから」「うちの事務所ではサポートできないけど、あおいちゃんは作詞作曲で食べていけると思うから」。そうやって曖昧な言葉で先送りにされてきた夢叶う瞬間が、「この先」も「厳しい」と今まで以上に明確に、しかも説得力のある人の言葉で示されてしまった。私はどう反応したらいいのかも分からずに、その場でしばし身体が固まった。

・・・

 結局その仕事は、その後も幸運なことに反故にはならず、何テイクか重ねて何とかOKをもらい、また先輩方の力も借りながらやり切った。

 「そのままじゃ、作詞家としてやっていくのは厳しいよ。」

 この言葉は何週間も何ヶ月も頭のなかを駆け巡り、やがて徐々に消化され、かと思えばまた湧き出てきて、泥くさく私を動かすガソリンになった。

 「そのまま」じゃなければ、未来はあるかもしれないから。

 それからの私は、プロジェクトの大小に関わらず、歌詞を書かせてもらえる隙間を見つけては、「書かせてください」と直談判した。先輩にいきなり曲を送りつけては、アドバイスをもらった。ワークショップにも参加したし「ゼロからはじめる作詞作曲」みたいな教則本も、キャリア10年目近くになって、はじめて買った。
『悔しい』とは少し違うけれど、絶対に何かを変えなければいけないという強い気持ちが、私をがむしゃらに行動させたのだった。

 努力の方向が、正しかったかどうかは分からない。しかも、それらを経て今現在「これを得ました」と言えるものは何一つない。相変わらず作詞はわからないことだらけで、毎回、壁にぶつかり「歌詞ってどうやって書くんだっけ」に戻る。

 しかしこの「私は作詞が全然わからない」という不安は、あの頃わかった気になっていた自分にはなかった、大切な気持ちだと思っている。

・・・

 私の「若さ」を見抜いたプロデューサーと、その打ち合わせから約1年後、また仕事をさせていただく機会に恵まれた。彼は提出した歌詞を見て一言、

 「あおいちゃんなのに、いいじゃん。」

 貶されているのか褒められているのか分からないその言葉は、今まで貰ってきたどんな褒め言葉よりも深く心に染み入った。まだ若いうちに、的確にプライドを打ち砕いてくれる仕事に、先輩に、出会えてよかった。今は心からそう思う。

 これから先も、プライドを無意識に育てては砕かれてを繰り返していくと思う。そしていつか何十年もキャリアを積んだあと、胸を張って、最大限のお礼の気持ちを込めて、言い返したい。

 「作詞家としてやっていくの、厳しくなかったです。」

山崎あおいさん SNSアカウント・ホームページ
・Twitter:
https://twitter.com/aoi_punclo
・オフィシャルサイト:
https://yamazakiaoi.jp/

本連載は、さまざまな筆者の「うまくいかなかった日」に関するエッセイを交代でお届けします。
 第1回目:大平一枝さん「やる気だけでは乗り越えられないと知った日」
 第2回目:あかしゆかさん「『わかりやすさ』に負けないと決めた夜」
 第3回目:小島由香さん「中学でハブ、オフィス解散。孤立から学んだチームとのアイコンタクト」
 第4回目:西村宏堂さん「『怒りの波紋』に飲み込まれないために」
 第5回目:平林景さん「夢を諦めたあの日から、再び夢を語れるまで ─「ちゃんとやらなきゃ」からの解放」
 第6回目:塩谷歩波さんすべてを抱え込み、壊れかけた日
 第7回目:片渕ゆりさん『ずるい』に心をくもらせて。真面目な私の、あの日の嫉妬。」
 第8回目:はしかよこさん「私は、転職して“ちゃんとした大人”になろうとした」

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