うまくいかない人が、うまくいかない人と向き合う仕事をした話(看護師のかげさん)

2021年9月21日

誰しも、“うまくいかなかった”経験があるはず。
そんな日の記憶を辿り、いま思うことを、さまざまな筆者が綴ります。

第11回目は、看護師でありイラストレーターとしても活躍する「看護師のかげさん」の寄稿です。

看護師のかげさん
看護師、イラストレーター
東京都在住。現役病棟看護師なのに看護がとっても苦手な看護師。感じたことや体験したことをイラストやことばで表現したり、看護師、塾講師、教員の経験を活かしさまざまな媒体で印象に残る医療イラスト作成や臨床に基づく医療の知識の解説をしたりしている。著書は『ホントは看護が苦手だったかげさんのイラスト看護帖』(永岡書店)ほか。チョコレート中毒。


 就職して3年目のあるとき、私は「うまくいかなかった人と向き合う仕事」をしていた。

 主に病院での看護師の教育制度に「プリセプター制度」というものがある。プリセプター制度とは、新人看護師(プリセプティ)に先輩看護師(プリセプター)があてがわれ、指導や精神面のフォローを行う業務を行う教育システムのこと。OJT教育のようなものであり、もちろんほかの先輩も指導にあたるが、特定の新人と先輩が紐づけられているのが特徴だ。プリセプターになっても新人教育だけ行うのではなく、これまで通り患者さんの治療や援助を行うことは変わらないので、気軽に担える役割ではない。

 私も3年目のときにプリセプターを行うように上司に言われた。「いやいやこの間まで新人さんだの言われたばかりだった気がするのだけれども……」と恐れおののいていたが、プリセプター制度のポイントは主に3年目~5年目の看護師が担当することで「新人職員と近い立場で指導やサポートができる」ことにあり、まさにあなたがぴったりなのだと伝えられた。

 割と承認欲求が強い私は「この3年間がんばった成果ですね」と仕事が認められたと内心うきうきしながら引き受けた。ちょろいやつである。

・・・

 私のプリセプティになる新人看護師は、地方から上京してきた静かな雰囲気の新卒の男性看護師だった。名前をAくんとする。

 Aくんのほかに私のいる部署には合わせて3人の新人看護師がいた。Bさんはおだやかだけれどとても慌てやすい性格で「まずはおちついて!」と先輩に言われている姿を見かけていた。Cさんは熱量が多い、わからないととことん調べる人だった。

 そんな中でAくんは、静かに仕事を進めていた。わからないことがあれば、余裕のありそうな先輩を見つけてそっと質問をしていた。一方その横では、Bさんがいかにも忙しそうな先輩に質問をして「え、何?ちょっと待っていて」と待ちぼうけを受けていた。

 Bさんはいつ仕事が終わるかもわからない先輩のことをいつまでも待ち続けそうだったので、見かねた私は、代わりにBさんの質問を聞いて助言をした。Bさんの行ったことは悪いわけではない。新人は現場の雰囲気がつかめないし、わからないときはまず言われたとおりにするのが普通だろう。

 しかしAくんは、どんな時も、とことん静かに、要領よく仕事をこなしていた。プリセプターである自分は「彼はなんでも自分でこなせてしまう。私はお役御免だな」なんて考えていた。

 ある日、私は落ちていた新聞紙を踏んで足を滑らせてすっころんだ。その先にはAくんがいて、私のアホさに苦笑いしていた。

 「いやいや私が身をもって、患者さんがね、転ぶ前にこう対策をして転倒を防いだのだから無意味ではない」と謎の弁明をした。情けなくなり、「こんなに仕事ができなそうな自分がプリセプターでごめんね」と心の中で謝った。仕事がうまくいかない先輩は頼りないだろうな、自分も頑張らねば……と、新聞紙を回収しながら考えていた。

・・・

 夏前になり、新人は新たな技術の習得や業務量が増え、いわゆる“大変な時期”に突入する。課題や業務の量が多くなるにつれ、提出を忘れたり、ちょっとしたミスも増えてくる。新人でなくてもミスをすることもあるが、同じミスでも新人が行うと「新人はいまどのくらい仕事ができるかを情報共有する」という目的で、そのミスは多くの部署スタッフに知れ渡ってしまう。

 プリセプターである私のもとには、業務フォローの必要性から、特にそのような情報が入ってくる。

 「○○の疾患の患者さんがいたのに勉強してないらしくて、答えられなかった」
 「1号室の患者さんが怒っていた」
 「~の薬の投与を忘れそうになっていた」

 こんなふうに、私がはたらいていない時間帯の「Aくんのうまくいかなかった仕事内容」だけが、後から私に届くのだった。

 次第に「静かに仕事をしている」Aくんは、だんだんと「静かに仕事も勉強もできなくなっている」Aくんに変わっていった。表情を表に出さないタイプのAくんの表情は、さらに乏しくなってしまった。

 「うまくいかなかったこと」は「うまくいったこと」をいともたやすく飲み込んで、自尊心を、そして自信すら奪っていく。Aくんの場合は「うまくいかなかった」経験によって「先輩たちと話すとマイナスなことしか言われない、そんなことも知らないのか」と思われると考え、それまでうまくいっていた、先輩とのコミュニケーションもできなくなっていった。わからないことを先輩に聞くことができず、問題が表面化したときに「なんで言わなかったの?」と問い詰められるなど、うまくいかない体験ばかりを量産していた。

 Aくんは私に相談をすることもなく、私は私で「Aくんでさえ、いつの間にかこのような状態になってしまった。プリセプターなのに、なにもフォローできなかった……」と頭を抱えた。入ってきたミスに関する情報に対し「なぜできなかったのか」「どうすればよかったのか」と振り返りを行ったりした。お互いに苦しい日々が続いた。

 誰だって、苦しい気持ちにはなりたくない。けれど、「うまくいかなかった経験」に正面から向き合うことで、それは「うまくいった体験」への可能性に変わる。

 でも、それは後から振り返ったときに言えることだ。当時は必死だったので「なんでできなくなっちゃったんだ」と焦っていた。その一方で、「そもそも、自分はAくんより先輩ではあるけれど、そんなに仕事ができると思っていないじゃない。それでも、私が仕事を続けられているのはなんでだろう?」とも思った。

 そこで私は、違う取り組みをしてみた。Aくんに関するマイナス情報をくださった先輩やスタッフへ、情報の共有に感謝しつつ「その場で教育することがOJTなので、どう伝えたか聞きたいです」と返した。すると、大抵の場合「ダメ」ということしか伝えておらず、指導はプリセプターに委ねているということが分かった。

 そしてAくんには、私にもうまくいかない現状があることや、そんな中でも「こうしたらうまくいった」と、私自身の体験を伝えた。私から得た方法で、Aくんがうまくいくとは限らない。でも、解決の手段を増やすことで、選択肢は広がる。それは時に「うまくいくこと」に繋がるかもしれないから。

 その後のAくんは、周りの先輩たちにわからないこと、不安なことをあらかじめ伝えられるようになり、再びコミュニケーションをとれるようになった。そして、配属されたばかりのときはできなかった重症の患者さんの対応を行うようになっていた。

・・・

 今回私が体験した新人教育のひとつ、プリセプター制度は「うまくいかない人がうまくいかない人と向き合う仕事」という体験であった。医療現場では、うまくいかなかったことの内容によっては、患者さんの命に関わる可能性もある。けれど、数々の「うまくいったこと」は、「うまくいかなかったこと」と向きあった過去の自分に支えられているはずだ。

 先輩の役割とは、仕事を代わりに巻き取ったり、フォローをしたり、教えたりするだけではない。「うまくいかなかったこと」が「この先うまくいく可能性がある」こと、そして、逃げたり責めたりせずに「これからにどう活かしていくか向き合う必要がある」ということを伝えたり、促していく役目があるのだと思う。

 うまくいかない人が、うまくいかない人と向き合う仕事をしたことで、今は「うまくいく」機会が増えた。はたらいていてよかったと、やっと思えた。

(画像提供:看護師のかげさん)

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・ホームぺ―ジ
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本連載は、さまざまな筆者の「うまくいかなかった日」に関するエッセイを交代でお届けします。
 第1回目:大平一枝さん「やる気だけでは乗り越えられないと知った日」
 第2回目:あかしゆかさん「『わかりやすさ』に負けないと決めた夜」
 第3回目:小島由香さん「中学でハブ、オフィス解散。孤立から学んだチームとのアイコンタクト」
 第4回目:西村宏堂さん「『怒りの波紋』に飲み込まれないために」
 第5回目:平林景さん「夢を諦めたあの日から、再び夢を語れるまで ─「ちゃんとやらなきゃ」からの解放」
 第6回目:塩谷歩波さんすべてを抱え込み、壊れかけた日
 第7回目:片渕ゆりさん『ずるい』に心をくもらせて。真面目な私の、あの日の嫉妬。」
 第8回目:はしかよこさん「私は、転職して“ちゃんとした大人”になろうとした」
 第9回目:山崎あおいさん「プライドが打ち砕かれた、あの日の打ち合わせ」
 第10回目:スイスイさん「『営業にだけは、なりたくなかった』」

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