乗客2名の初フライト。コロナ禍で初就航したLCCのCAが見た景色

2020年12月28日
ZIPAIRTOKYO

コロナ禍の2020年10月16日、1機の旅客機が成田空港からソウルへ向けて飛び立ちました。乗客はたったの2名。それにも関わらず、滑走路には多くの航空会社職員が集まり、笑顔でフライトを見守っていました。

この日は2019年に新しいブランドとして立ち上がった日本初の中長距離LCC「ZIPAIR」の初フライト。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、本来よりも5カ月遅れでの就航でした。

それから1週間後、初フライトを経験することになった同社キャビンアテンダント(以下CA)の山本 花菜子さんは自分の初フライトよりも、同期を見送った10月16日の方が感慨深かったですね」と、その日を振り返ります。

憧れのCA職としてZIPAIR Tokyoに入社して、間もなく訪れた新型コロナウイルスの感染拡大。そして、いつ空を飛べるかわからないまま過ごす日々。コロナ禍でのZIPAIR Tokyoのニューノーマルへ向けた奮闘の様子を、山本さんの目線から紹介します。

また湧き上がってきた、CAへの想い

山本さんがZIPAIR Tokyoに入社したのは2019年12月2日。大学ではデザインを学んでいましたが、子どもの頃から憧れていたCA職として、一度、国内の航空会社に入社しました。

憧れの職場で活躍していましたが、次第に、大学で学んだデザインへの想いが再燃します。その後、思い切って出版社へ転職。エディトリアルデザイナーとして勤務していました。

そんなある日、彼女の目に飛び込んできたのが、日本初の中長距離LCCとして本格的に始動をはじめたZIPAIR Tokyoの制服発表会のニュースでした。

「有名なクリエイターがデザインを統括していて、デザイン好きな私の胸にグサグサと刺さりました。制服にスニーカーを採用していたり、その他の制服も数パターンから自分で選べたり。それだけでもわくわくするじゃないですか」

また、山本さんの気持ちを湧きあがらせたのには、もう一つ理由があります。

一般的に、航空会社では分業化が進み、CA職がほかの業務をすることはありません。しかし、これまでにない新しい航空会社を目指していたZIPAIR TokyoのCA職の募集要項には「サービス企画業務など、幅広いフィールドで活躍」という記載がありました。能力に応じて適材適所で人材をプロジェクトチームに配置することになっており、これは、CAでありながら、デザイン関連の仕事もできる可能性があることを示唆していました。

CA職とデザイナーの両方への想いを捨てきれなかった山本さんにとっては渡りに船でした。

「絶対に交わらないと思っていた2つの仕事を両立させることができるかもしれない。そう思って、ZIPAIR Tokyoへの転職を決意しました」

新しいはたらき方が、コロナ禍の心の支えに

晴れて採用試験に合格した山本さんは2020年5月の就航を目指し、訓練を開始。しかし、訓練を始めてしばらくした後、新型コロナウイルスの感染拡大により航空業界に暗雲が立ち込めはじめます。海外渡航も制限され、緊急事態宣言後はZIPAIR Tokyoの社内でも出社制限がなされました。

「訓練はクルー同士のチームワークが大切なのに、出社が制限されたことで十分に顔を合わせて練習できない。満足に話し合うこともできない。それに不安を感じているメンバーは多かったと思います」

訓練スケジュールの変更が余儀なくされ、初の旅客便であるソウル便「ZG41便」就航開始の延期も決定。

航空業界の窮状を伝えるニュースを見た友人や元同僚から心配して連絡が来ることもあったそうです。本当に自分たちにフライトをできる日は来るのか──。

そんなとき、山本さんの支えになったのが地上企画職としての仕事でした。

「社長が直接話す時間をつくり、『貨物便があるので経営状況は大丈夫だ』と説明してくれていたので、会社が潰れてしまうという不安はありませんでした。

あと、私としてはフライトがない間は地上でできる仕事をしていので、飛行機が飛ばなくてもできる仕事がたくさんあるという安心感もありました」

偶然にも、ZIPAIR Tokyoのフライトに限らないCAの新しいはたらき方が、コロナ禍でCAの心を支えることになったのです。

いつか飛べる日のために、コロナ感染症対策

「まず、今自分にやれることをやろう」

訓練のできない期間、デザイナーとしてのスキルも発揮しながらSNSの立ち上げ準備に時間を費やしていた山本さん。

緊急事態宣言が解除され、ようやく訓練ができるようになると、また新たな課題が生まれます。それはフライト時のコロナ感染症対策です。

「CAのこれまでの職務は『保安・サービス』が主でしたが、コロナによって新たに『衛生』が加わりました。お手洗いは30分に1度必ず除菌する、手袋をシーンによって使い分けるといった小さな行動の積み重ねなのですが、そうした行動をすべてオペレーションに組み込んでいかねばなりません」

ZIPAIRの訓練時の様子

いつフライトができる状況になるのかは、わからない。でも、いつかきっと来るだろうその日に備えて、万全の体制でお客さまを迎えられるようにしておかなければ──。

ただでさえ大変な初フライトに向けた準備に加えて、過去に誰も経験していないコロナの衛生対策。山本さんたちは、訓練時の気付きや改善点を共有する場を設けて綿密にコミュニケーションを取り合いました。

「バンコク行きの貨物便で少人数の訓練フライトができるようになると、実際に飛んだメンバーがオペレーションを試し、そのフィードバックをオンラインでチームに共有する。また別のメンバーが飛ぶとそれを試してみる。一人ではなく、チームとしての対話を深めながら段々とオペレーションを洗練させていきました。

訓練フライトではせっかくバンコクまで行っても降りることはできないので。飛行機のドアが空いたときに少しだけ入ってくるバンコクの風を楽しんで我慢していましたね(笑)」

5カ月遅れの初フライト。電光掲示板に光る「ZIPAIR」

朗報は突然やって来ます。ZIPAIR Tokyoに韓国当局から旅客便を許可する通知が届きました。

ソウル便の初フライトの日は約1週間後の10月16日。ZIPAIR Tokyo内では急ピッチで準備が行われ、乗務員に就航の旨が告知されました。

「SNSチームとしてオフィスで勤務しているときに、知らせを聞きました。12月に入社して、本来なら5月に飛んでいたはずなのに延期が続いて、コロナの影響もいつ収まるかわかない状況。一体いつ飛べるのかという思いはあったので、まずは安堵しました。

そこからはSNSで告知しなくてはいけなかったり、一気に仕事が増えました。うれしい悲鳴というか、とにかく感無量でした」

初就航の日、山本さんがいつものように成田空港にあるオフィスへ出社すると、電光掲示板に「ZIPAIR」の名前が光っていました。これまでの5カ月間、出社のたびに名前のない電光掲示板の前を通っていた山本さん。胸に込み上げる想いがあったそうです。

「一緒に頑張ってきた同僚たちが、お客さまを乗せて、本当に飛べるんだって。私自身が搭乗するフライトよりも感慨深さがありました」

発表からフライトまで約1週間という期間の短さもあり、ZIPAIR Tokyoにとっての最初のお客さんは2名。

50名、60名のお客さまを集めてから華々しく就航を開始するという選択肢もありました。しかしZIPAIR Tokyoとしては、何より早くお客さまにサービスを提供しようという想いが強かったと言います。もし乗客が0人でも恥ずかしがらずに胸を張ろう──、それが会社の方針でした。

たった2名のフライト。だからこそ、離陸からソウル到着までの約1時間は、お客さまと過ごしたかけがえのない時間になったそうです。

そして1週間後、山本さんも初フライトを経験します。

ZIPAIRの訓練フライトでお客さまに見立ててぬいぐるみを座らせている様子

「訓練中はお客さまの代わりにぬいぐるみを席に座らせて話しかけていたので、お客さまがいることがうれしくて。本当はガツガツ話しかけたかったんですけど、困らせるかと思い、少し控えました(笑)。

まだ今も満席になることはあまりないですが、だからこそお客さまと一緒に記念撮影をすることがあったり。今は、一人一人のお客さまにきちんと向きあえる機会を大切にしようと思っています」

2020年12月現在、ZIPAIRはソウル便、バンコク便の2路線に加え、ハワイ・ホノルル便を運航開始しました。

ZIPAIRに搭乗した乗客には、お客さまへメッセージ入りの「感謝カード」が渡されます。この「感謝カード」は、実はフライトができない5カ月の間に客室乗務員のみなさんが社内プロジェクトの一環として自主的に企画し、山本さんがデザインしたもの。

山本さんがデザインした感謝カード

もし今後、ZIPAIRに搭乗して感謝カードをもらうことがあったら、その裏でこんな物語があったことを、少しだけ思い出してくださいね。

 ニューノーマルのはたらき方のヒント

 ●困難なときでも、今できる環境で、自分にできることに向き合う

 ●チーム一体となって、意識をともにする

●ZIPAIR Tokyo
ZIPAIR Tokyoは、2018年7月31日に設立された、日本航空(JAL)が100%出資する新しい航空会社。これまでのフルサービスキャリアともローコストキャリアとも異なる新しい基準を作る、「NEW BASIC AIRLINE」を目指している。コロナ禍の2020年6月に成田=バンコク線で貨物専用便として運航開始。10月には成田=ソウル線に旅客便として初就航し、現在はバンコク線、ホノルル線も運航している。
https://www.zipair.net

(文/高橋直貴 撮影/小池大介)

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編集者/ライターハヤオキナオキ
広く、深く、いろんな現場に出没します。朝の取材が得意です。
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