3,300人動員!渋谷駅大規模工事を率いたリーダーが語るプロジェクトマネジメントの真髄

2022年2月9日

※写真:JR東日本提供

現在進行形で再開発が進む渋谷エリア。その中心となる渋谷駅では2027年完成を目処に大規模な改修が行われています。

その一環として、2021年10月22日の終電から25日の始発までの間、渋谷駅山手線内回りのホームで線路切換工事が行われました。

工事期間中、内回りの電車は池袋―新宿―大崎間で運休。52時間というタイムリミットの中で、動員数3,300人を超える大工事。また、今回の現場は両脇を電車が走っている真ん中での作業になり、安全管理にも細心の注意を払わなければならない状況でした。

「日本のインフラすごい」「現場の指揮官大変だったろうな」といったコメントがSNS上に飛び交った大規模工事。どのようにして短期間で完了させたのでしょうか?

施工計画から現場管理まで、プロジェクトリーダーとして工事を指揮したJR東日本 建設工事部の大野賢二さんにインタビュー。そこには、3,300人を取りまとめる大規模プロジェクトマネジメントの神髄が詰まっていました。

約3,300人を動員した52時間。JR渋谷駅改良工事プロジェクトとは?

──今回の工事の概要を教えてください。

渋谷エリアは今、再開発の真っ最中。渋谷駅も2027年を目標に大規模な改良工事の計画が進んでいます。JR山手線渋谷駅のホームは、今、外回り線と内回り線でホームが2つに離れていますが、最終的には1つの広いホームになる予定です。

先日の工事はその過程で、内回り線のホームを広くするための線路切換工事でした。

JR東日本提供

──大規模な工事ですが、短い工期だったと伺いました。

はい。利用者の少ない金曜日の終電後から月曜日の始発までの約52時間が、タイムリミットでした。この間、池袋~大崎間を運休して工事にあたりました。

この工事は、架線*と線路を工事桁と呼ばれる10m程度の短い橋ごと移動させて、ホームをつくるという大掛かりな作業です。52時間というのは、この工事をするにはあまりに短い時間でした。

*電車に電力を供給する電線

でも、電車が動き出すまでに必ず工事は終わらせなければならない。作業員の安全を確保しながら、どれだけ時間を短縮できるのか。そこが問題でした。

──「頑張ったけど、間に合いませんでした」では、済まないわけですよね。

そうです。さらに、私たちの工事の難しいところが、毎回が”初めて”の作業ということです。同じ渋谷駅の工事でも、場所が違えば施工条件が変わりますし、使える機材も、施工のプロセスも変わります。

鉄道工事は、駅、線路、時間帯など、すべての現場で工事の環境が異なるため、それぞれイチから工事の仕方を考える「単品単一生産」。すべての工事が新しい試みであり、挑戦なのです。

──ビルのように更地に同じ工法で建てる、というわけにはいかないのですね。渋谷駅ならではの難しさはあったのでしょうか?

特に渋谷駅の工事は、駅の構造上の制約条件が多いですね。渋谷駅はもともと複数の線路が複雑に乗り入れられ、立体的に入り組んだ構造をしています。

JR線の下には東急東横線や東京メトロ半蔵門線・副都心線が、上には銀座線がある。こちらの事情でやりたいように工事が進められるわけではありません。

また、駅に隣接するビルも多くあり、スペースが非常に限られています。限られたスペースでの作業になりますので、大きな重機の利用ができず必然的に手作業も多くなりますね。

人はミスをするもの。1年がかりの工事シミュレーション

──初めての試みを、安全を確保しながら、絶対に時間内に間に合わせる。この難題をどのようなプロセスで「100%大丈夫」と言える状態にしていったのでしょうか。

まずは徹底的にシミュレーションをしていきました。初めての工事はどれくらいの時間がかかるのか、検討がつきません。そのため、実際の工事の場所とは別の場所に、模擬的な工事環境をつくりあげます。

今回で言えば、同じ大きさの工事桁を実際につくって並べたり、現地で同じ広さにしたり。そこで、まず一連の作業を通しでやってみて、何時間かかるのかを計測しました。時間を測ってみると、間に合わない。じゃあ作業の順番を入れ替えて──、というようなことを細かくシミュレーションしながら、どうやって安全を確保しながら時間を短縮するかを考えていったのです。

実際の試験施工の現場の様子(JR東日本提供)

──シミュレーションにはどれくらいの期間がかかるのでしょうか?

今回の工事では約1年かかりました。

──今回だけでシミュレーションに1年も!?

今、ご説明した試験施工もそうですが、そのほかにもさまざまな事故のリスクを想定して回避策を考えます。主要な試験項目だけでも150から200はあります。

たとえば、機械が故障したらどうするか?予備機を用意しておくとして、予備機の交換にも時間がかかります。では、どれくらいの時間がかかるのか?それだけ時間がかかるなら予備機を交換しないで人の手でやった方が早いのでは?など、さまざまなことをシミュレーションします。

大きなものもあれば、本当に小さなこともありますし、技術的な話もあれば、人のうっかりミスのような話もあります。そういったリスクを1つ1つ、潰していくんです。

──今回の工事の中で、一番ケアしたリスクはどのようなものだったでしょう。

技術的なリスクは努力次第でなんとかなるものです。実は、一番ケアすべきは人的ミスの発生リスクなんです。

今回の現場は両脇を電車が走っている真ん中での作業になりました。作業員の安全はもちろん、両脇を走っている列車の安全も絶対に守らなければいけません。

作業員が誤って電車が通るエリアに入ってしまわないように、網や柵で区切ったり、レーザーで人の侵入を検知したり。どうしても、作業をしている人間はそちらに一生懸命になってしまうものですから。

──「人間はミスをしてしまうものだ」という前提に立つということでしょうか。

はい。悪意を持ってやる人はいませんが、人には「うっかり」があることを考慮しなければなりません。性善説だけではプロジェクトマネジメントとしては不十分です。命と安全は何にも代えられませんから。

作業の遅延というレベルでも、作業員が慌ててしまいボルトのネジが締められない、部材のサイズが合わないなど、さまざまなトラブルがあり得ます。

実際の工事の現場の様子(JR東日本提供)

「やりたい」「やりたくない」を「できる」「できない」の議論に

──今回は総勢約3,300人によるプロジェクトだったと伺っています。「人的ミス」が起こりやすい状況だったのではないかと思います。大野さんはプロジェクトリーダーとして、どのように3,300人と向き合ったのでしょうか?

工事関係者だけで3,300人もいましたので、基本的にゼネコンさんを通して作業員の方々とコミュニケーションをとることになります。ただ、私も工事のときは現地にいましたし、試験施工にも立ち会いました。

そういうタイミングで、なるべく職人に「こういうやり方はどうだろう?」と意見を求めるようにしました。私たちやゼネコンの担当者ですべてを決めるのではなく、現場の職人も交えて話し合う。すると、職人から「これがやりやすくていい」「これはちょっと危ない」など、逆にアイデアをもらえることもあります。

ただ、すべての職人が意見を持っているわけではありません。なので、職人の中でもキーマンとなる職長クラスのスタッフをピックアップして意見を求めるようにしていました。

──大勢が関わるプロジェクトで、話し合いの場を仕切るのも大変そうです。

そうですね。工事関係者もですが、実は渋谷駅改良工事にあたってもう1つ大変なのが、渋谷駅に乗り入れるほかの鉄道事業者やデベロッパーとの話し合いなんです。渋谷駅は多数の路線が乗り入れていて、さまざまなビルと隣接する複雑に入り込んだ構造です。

みんな自社の事業を進めたいですから、限られた場所の中でどこがどの場所を使って工事するのか。どうしてもせめぎ合いになります。それをどう折り合いをつけるのか。

──利害が異なる人と折り合いをつけるのは、骨が折れそうです。

議論の場はどうしても感情で話をしてしまいがちです。そこで一番気を付けるのは、感情論ではなく「事実」を積み上げていくということです。「事実」にはさまざまあります。たとえば、現地のスペースや状況などの「事実」。それぞれの事業者が果たさなければならない役割も「事実」。

それらをテーブルに載せた上で、アドバイスいただきながら自分たちの提案をまとめていく。その過程で、「やりたい」「やりたくない」という話を「できるか」「できないか」という方向の議論に持っていかなければなりません。

──感情的な話から、事実を積み上げて、建設的な議論に持っていくということですね。

はい。技術的な「事実」、ルールや法律の「事実」、そして関係者にどんな利害があるかも「事実」。まずはどんな「事実」があるのかを把握しておくことで、話を前向きに進めることができるのです。

究極のプロジェクトマネジメント、とは?

──これだけの大きなプロジェクトのリスクを背負うのはプレッシャーも大きいのではないでしょうか。

プレッシャーはあります。でも、私1人がリスクを背負っているわけではありません。全社でリスク管理をしていますので、もし万が一施工が間に合わなかったら、電車の運行再開が30分遅れるというアナウンスをできる準備をしたり。それ以上遅れる場合は運行形態を変えよう、など。輸送を担当する運輸車両部はそこまで想定してくれていました。

──リスクを全社で背負い、とことん綿密なリスク管理をすることで対処しているんですね。逆にプロジェクトマネジメントの面白さはどんなところにあると思いますか?

私はJR東日本ではたらきはじめて29年目ですが、現場で「もっとこうやった方がいいんじゃないか」と議論して、日々少しでも前に進めたと感じられると、やっぱりうれしいものです。

トラブルをみんなの力で乗り越えたり。物理的に間に合うわけがないと感じられるような納期を、なんとか知恵を出し合って間に合わせたり。チャレンジした先にある成功が、この仕事の面白さにつながっているように感じます。

──最後に、大野さんにとって、“究極のプロジェクトマネジメント”とは?

難しい質問ですね(笑)。鉄道工事に関して言えば、1人のスーパーマンの力だけでは、プロジェクトを成功させることはできません。そのため、1番大切なのは人間関係だと思います。

「やりたい」「やりたくない」ではなく事実に基づいて「できる」「できない」をフラットに話し合える関係性。上司や部下などの関係はあくまでもそれぞれの役割に過ぎません。

そして、日々少しずつ前に進んでいることを各メンバーが楽しいと思えるような環境をつくること。大変な仕事ですが、みんなでやるからこそ楽しいと思える。それが大切なのだと思います。

(文:高橋直貴 写真:小池大介)

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